私の夫の母はとても可愛い人で、また美しく品のある人だった。私たちは親子以上に仲がよく
いつも一緒に暮らしていたので、大変な生活の中にもこの母・・ばあちゃんと呼んでいたが、この人がい
つも、過保護なくらい(実際夫はこの人の過保護で育ったのだが)可愛がってくださった。今は92歳だが
今でも世の中で私のことが一番好きだといってくれる。寒い寒い東北で、夜遅く仕事をして帰宅すると
まずばあちゃんの部屋にあいさつに行っていたが、寝ている布団に穴を作り寒いべ・・あったまれ!といって
嫁の私を赤ちゃんのように足をあっためてくれました。その母がよく言ってた言葉に「たくさんさっしゃい」
という言葉があるが、これはいい加減にしなさい!とか、足ることを知りなさい・・とかの意味があり
もっともっとの心を抑えるのには最高の言葉だと思うが、このばあちゃんはいつも言っていたことを思い出す。
辛い結婚生活の中でこの母と巡り合ったことは私が女性として大きく学ぶことができた、ほんとうに
嬉しいことでした。お別れしなくてはいけない時、この母は肩を落とし、「んだかぁ・・・行くのかぁ・・
しょうないしょうない・・誰悪いんでもない、世の中が悪いんだ。体に気を付けてな・・と言って、泣いて
る私の背中を
ゆっくり撫でてくれた」
どんなにつらくても、この家に骨をうずめ、この母の最期を看取りたいと思っていたが、叶わぬこととなった。
今朝、桜沢如一さんの「ゼン・マクロビオテック」という本をまた読んでいて、出だしの部分で
幸福への道というところを読んでいて(ここは何度も読み返してしまうのだが)
東洋の人が数千年前に、幸福とは次の五つの条件(五福)を満たした生き方であると定義しているものを挙げておられるので下記に記します。
? 健康的で、生産的で、生き生きした、長い一生を生きる喜び(寿)
? 金銭的な心配からの解放 (富)
? 不慮の死に至るような事故や障害を避ける直観的な洞察力(康寧)
? 無限の宇宙を動かす秩序への敬愛(好徳)
? 永遠に先んじるものは、常に最後であれという心理の深い体得(考終命)
これは、勝者はいつか必ず敗者になるという、人生のあらゆる面においてすべてのものは移りゆく。
今日の流行も明日は時代遅れとなる。
最後になることを恐れない謙虚な人だけが、幸福の真髄である [足る」 を知っている。
という言葉に触れるたびに、ばあちゃんの「たくさんさっしゃい!」と笑顔でいつも言ってたことを
思い出す。
私はこの沢山さっしゃいが、一番できない人間だから、食べれば食べすぎるし、人を愛したら
愛しすぎる・・・たくさんさっしゃい!と私はいつも自分を戒める。
みなさんもどうか、上記の桜沢如一さんの文章にある幸福の条件を参考にしてくださいね!
今日も頑張ろうね。
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